†[1]持続可能な「人新世(アントロポセン)」とフィランソロピー運動
■日用する電子機器・家電の自作、「アントロポシーン(人新世)」・「グレート・アクセラレーション」時代における、フィランソロピー(環境保護、公益支援、寄附)および「3R」・「Re-Style」・「HTT」運動への参加協力

日本のコンビニなど小売店・卸業者が文字通り放り捨てている食糧品の総数量を調べたことがある日本人、アフリカの僻地に積み上げられている電子部品の山を裸の子供たちが漁っている写真をまともに直視したことのある日本人は、どれだけいるでしょうか。
我々は、高電気効率の自作パソコンやスマートフォンを常用しており、またいわゆるガラケーを所持し、3G以前のレガシー電子機器遺産を可能なまで使い倒し、なるべく人類の最終番手として捨て、或いは捨てずにまた次の稼働する新自作品に生まれ変わらせています。
昨今日本にも輸入された概念である「Philanthropy(フィランソロピー)」はともかく、「3R」・「Re-Style」・「HTT」などと言えば、自治体(とりわけ人口爆発の著しい東京都)のアピール文句の印象がなくはないと我々は感じますが、それでも「見る」よりは「やる」方が令和の人間・地球人らしいでしょう。
また、既製品の自転車や船に乗って、反原発を唱えながら自然の中を旅したりパレスチナに物資を届けることは、大いに意義はあると考えますが、活動家の行うことであって、中立的な高IQ者の行うべきことかどうかは分かりません。高IQ者は、ほとんど霊感にも近い智恵をもって高エネルギー電磁波の量子論的ふるまいを理解し、原発再稼働の良し悪しを論ずるより先に過剰な発電の必要性自体を頭脳の働きをもって軽減する生き方をし、戦闘地域からずっと遠い地において知能を働かせ、高性能ドローンでの支援の可能性を思考・発明できるのです。
高知能者は、いや、高知能者ほど、自らの死後も持続可能な地球を次世代の子供たちに残すべく、汗を流すべきではないでしょうか。次世代の人類の命およびこの地球という惑星を守ることが、私たちに与えられた最大の使命であると考えます。
昨今、地質年代史研究において、チバニアンを含む更新世(Pleistocene、プレイストシーン)と完新世(Holocene、ホロシーン)に次いで、人類科学文明の痕跡甚だしい地質年代を「人新世(Anthropocene、アントロポシーン、アントロポセン)」とすべきことが学界で提案されています。「グレート・アクセラレーション(Great Acceleration)」時代に必要な高IQ者の態度を勉強すべきです。学界においても、市民レベルにおいても、「地球の持続可能性」については、高度なコンセンサスを人類は得るべきでしょう。



