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現代日本人の心理の例(2008):交流させていただいた方々の文章です。皆様のサイトにて公開されている場合、そのアドレスにリンクさせていただきました。

今までの交流の概要
当サイトにおける精神疾患者等の個人情報の扱い、およびDV・暴力・虐待等の加害者への対策について
現代日本人の心理の例(目次・凡例)
精神疾患関連リンク

個人交流会や訪問・見学先(精神病棟、心身障害者専用施設、DV・暴力被害者専用ハウス・シェルターなど)で交流してきた方々の言葉・文章を載せています。「同じような悩みを抱えている方々の力になりたい」という思いから公開を希望して下さいました。

◆交流者数はほぼ男女同数ですが、個人的に、ご自身の症状や苦悩を自ら言葉にしにくい発達障害・知的障害・言語障害やひきこもり・ニートの男性と、それらを自ら言葉にでき人に聞いてもらいたいという希望・欲求の強い不安障害・摂食障害・解離性障害・パーソナリティー障害の女性との交流が多いので、ここに掲載している言葉・文章も必然的に女性のものが多くなっています。

 男性の言葉・文章も掲載していければと思っています。

▼ 私がご相談を受けて交流してきた、精神・身体症状共感覚その他の特殊知覚・症状を持つ女性が入居者の多くを占める、シェアハウス型の女性寮のサイトです。
 女性に特有の症状・知覚については、寮生に解説をお願いしています。
 →→ ●精神・身体症状、共感覚、その他の特殊知覚・症状の解説の分担などについて

シェアハウス型特殊女性寮 コンフィデンシャル・レディース東京(Confidential Ladies Tokyo)



●21歳女性(2008)

(1)Schizophrenia ICD-10 F20 統合失調症
(2)共感覚
(3)統合失調症は誤診の可能性がある。共感覚を幻視・幻聴と受け取られた可能性が大きい。

 私は外を歩いていると、道や、道端のきれいな花から音や声が聞こえます。あの花は優しい黄色の声、この花は悲しい紫色の声、などです。あの道は赤色に笑っているからいつも通ってあげる。でも、電車やタクシーに乗ると、とても苦しくなる、という感覚です。
 私は人工的に作られた空間にいるとパニックになります。どうしてみんなのために書類を書いたり、運んだりしないといけないのかがわからないから、私は仕事に就けていません。
 それよりもあの花のために何かお礼がしたい。花と土のために生きたい。私が外に出て働くということは、花をちぎること、そんなことを思っている私はおかしな女性でしょうか。
 いつかは人間が負ける気がする。だから、花からすれば、私が本当の意味ですごく働いているのかも、と思って生きるしかないのです。そういう私を、あの花は黄色に笑ってくれるかな、などと感じながら、毎日を生きています。



●25歳女性(2008)

(1)Obsessive-compulsive disorder ICD-10 F42 強迫性障害
(2)共感覚、強迫性障害
(3)性的トラウマが共感覚と結び付いて強迫観念化し、以下のような症状を発症しているにもかかわらず、一時期は援助交際・売春も経験している。

 私は、人の指や手や腕を見ると、怖いという感覚があります。中でも「男性の指や手や腕を見ると怖い」という恐怖症があります。それは、小学生のときから今まであります。
 私は特に、駅の切符券売機のボタンが押せないのです。見ず知らずの人たちの指が何万回と触ったボタンだと思うと、苦しくなります。これから旅をするすてきな人もさわっているだろうけど、もしかしたらさっき誰かを殺してきた人の指がさわったかもしれない。私みたいな、控えめすぎて抵抗できない女性を殴った男性の指が押したかもしれない、と思うと、今日は電車に乗るのはやめとこう、となります。いわゆるフラッシュバックというものだとも思います。
 それに、ボタンを押せたときも、そのときの感覚で、自分の指が「青い汚さ」になったり「赤い汚さ」になったりします。それが何なのかわからなかったのですが、岩崎さんを通じて「共感覚」というものだと知りました。ボタンが押せた日も、帰宅したら帰宅したで、指を十回くらい石鹸つけて洗うので、大変です。
 私はどうすればいいでしょうか。



●26歳女性(2008)

(1)―――
(2)離人症
(3)子どもがいる友人同士が「赤ん坊の汚い排泄物の処理方法どうしてる?」といった会話をしているのを聞いて発症。

 桜が咲いて、月が出るということは、私の目に見えていますが、どの自然がきれいでどの自然が汚いといった判断は私にはわからないのです。むしろ、自然のなかで汚いものがありません。全部がきれいで、全部が汚いです。周りの若い女性が言うような、赤ん坊の排泄物が汚くて、花がきれいだということがわかりません。だから、私が桜をきれいだというのと、花見をしているみんなが桜をきれいだというのとは、何かが違う気がします。でも、言葉が下手なので、何が違うのかが言えません。私は何がきれいで何が汚いかを頭で判断する前に、ただ目や耳で自然にむかって飛び込んでいる感じがします。



●21歳女性(2008)

(1)Paranoid personality disorder ICD-10 F60.0 妄想性人格障害
(2)パラノイア・妄執だが、人格の障害ではない。
(3)未婚の両親に捨てられた(両親とも直後にそれぞれの家庭を形成)ことによる苦悩。以下のような妄想小説を書き殴るのが好きである。

 私の理想郷物語

六月二十二日
 私はついにあきらめたよ。自分が自分でいることをあきらめたのではない。周りの人間に自分の能力や生き方を語ることをあきらめた。今の日本では自分の居場所はないという結論に達したから。私は木の小舟を一艘買った。そして、この日、一日分の食糧の入った袋だけを持って、伊豆半島の海岸からその舟に乗って出た。櫂も持たず、ただ揺られた。途中で運よく伊豆諸島のどこかに流れ着いたら、そこでのんびり暮らそうかと考えてた。私にとっては、人生とはそういうもの。一番の知性を持つ自分とは、田畑を耕しながら大好きな人と子どもと一緒にのんびりと暮らす自分と、表裏一体のもの。私はそういう人生を探しに旅に出た。もしどこにも辿り着かなくても、自分の死んだ体が浮くことになる海水だけは、自分をわかってくれるわ、そう思ってた。
 舟は伊豆諸島のどの島にも流れ着かなかった。そのまま太平洋の青一色に囲まれて、どこまでも進んでいった。

六月二十三日
 私は、持っていた食糧を全て食べ終えた。あとは、海の流れの気まぐれに命を任せるばかり。

六月二十四日
 私は、舟の上で誕生日を迎えた。二十一歳になった。そのまま二日間舟に揺られた。

六月二十六日
 私はふと目を上げた。霧の向こうにかすかに島が見えてきた。なんだ、伊豆諸島を通り過ぎてなかったのね、またこれも現代の人間の手の入った多くの島のうちの一つにすぎないわ、などと思い、舟が自然に流れ着くのを嫌な気分で待った。それは爽快なあきらめでもあった。
 舟は島の砂浜に辿り着いた。私は舟を降りて歩き出した。砂浜のどの方角を見ても、すぐに森に続いているばかりで、通れそうな小道さえなかったから、思い切って一箇所から森に入った。草木を掻き分けながら、土を踏みしめて山を登っていった。鬱蒼と茂る木々を三十分ほど進んで、山を下りると、ひらけたところに出た。すると、まだ五、六歳くらいの三人の女の子たちに出会った。私から話しかけた。
「こんにちは。ヨシコと言います」
一番前の子がいぶかしげに答えた。
「こんにちは。チナって言います」
「この島に住んでるの?」
「うん、住んでるの」
「そう。私は旅をしてるのよ。少し前に舟で辿り着いて、この山の向こうから来たの。歩いて越えてきたのよ」
「歩いたの? それでもうここに着いたの? 早いね」
 少女はすぐに警戒心を解いた。
「お姉ちゃんはチナちゃんよりずっと体が丈夫だから、大丈夫よ。チナちゃんだったら、大変だけどね」
「うん。それよりね、今大変なの。ほかのお友だちが熱出して寝てるの。私たち、助けてくれる人を探してたの。お姉ちゃん、変な人じゃなさそうだから、助けて」
「うん、いいわよ。連れてってよ」
 私は女の子たちに連れられて、十分ほど小走りに走った。すると、地面の土の上に、はあはあと言いながら寝ている五歳くらいの女の子が一人いた。周りには、看病している女の子も五人いた。
「今このお姉ちゃんがいたから、呼んできたの」
「こんにちは。助けてくれませんか」
 女の子たちは口々に言った。私はその場に深くしゃがみ、寝ている子の首と体を持ち上げて抱きかかえた。そして、女の子たちが持っていたコップを受け取って、中に入っていた水を飲ませた。女の子は少し元気になった。私はチナに尋ねた。
「この水はどこから持ってきたの?」
「近くの川」
「川の水?」
「うん。私たち、いつも川の水飲んだり木の実を食べたりして暮らしてるの」
「えっ。どうして? おうちに帰ってお父さん、お母さんと御飯食べないの?」
「だって、きっとこの島には私たちしかいないの。私たち九人と、あと二人、今食べ物を探しに行ってくれてるお姉ちゃんたち」
「それだけなの?」
「うん。おととい島に辿り着いてから、みんなで二日かけて、お姉ちゃんの越えたのよりも低い山を越えてきたけど、ほかに誰にも出会わなかったの」
「そうなのね。家の一軒でもあればいいのにね。お姉ちゃんたちはいつ戻ってくるの?」
「もうすぐ」
「じゃあ、もう少し待ってましょ」
 私は、熱の出た子を抱いて看病しながら、「お姉ちゃん」なる二人の帰りを待った。でも、夕方になっても二人が戻る様子はなかった。
「おかしいね。まだかしら」
「お姉ちゃーん。ぐすん」
 何人かの女の子たちは泣き出した。私は一人で女の子たちを慰めていった。一人、また一人と土の上に横たわって眠り始めた。私は徹夜で女の子たちを見守った。

六月二十七日
 早朝、重そうな袋を抱えた女の子が、息を切らしながら戻ってきた。女の子は私を少し見たあと、寝ている女の子たちを見回して、もう一度私を見た。
「はじめまして。ヨシコと言います。この子たちから、お姉ちゃん二人が食べ物を採って戻ってくるって聞いたんだけど、あなたはその一人?」
「は、はい。そうです。フミと申します。十五歳です」
「道に迷ったの?」
「そうです。ごめんなさい。みんな、生きてるの?」
「うん、みんな大丈夫。安心して」
「ああ、よかった……。ありがとうございます」
「この島にフミちゃんたちしかいないって?」
「はい、そうみたいなんです」
 私はフミの荷物を受け取って、地面にそっと下ろし、フミを座らせた。そして水の入ったコップを手渡した。
「落ち着いて。大丈夫だから。あなたたちのお父さん、お母さんはどうしたの?」
 フミは少し体を震わせながらも、丁寧に答えた。
「私は、覚えているところで言うと、お母さんに捨てられたんです。お父さんは誰か知りません」
「捨てられたの? どこで?」
「ここじゃないところ。お母さんのお腹の中で、産まれるの楽しみにしてて、無事に産まれたんですけど、産まれたら急に捨てられました。人間の子どもには、いい子と悪い子がいて、悪い子はゴミなの。私はゴミだって、捨てられました」
「どうして。捨てられて、どうなったの?」
「誰かに拾われて、捨て子ちゃんたちの入る施設に入って中学校まで頑張ったけど、死にたくなって、何日か前に海に飛び込みました。そこからがとても不思議なんですけど、ウミガメが近づいてきて、私を背中に乗せて、私の体だけを上手に海面から出して進んでくれて、三日前にこの島に辿り着きました。一日そこにいたら、同じようにチナちゃんたちがウミガメや魚の背中に乗ってやって来たんです」
 私がフミの話をそこまで聞いたところで、もう一人の女の子が袋を抱えて戻ってきた。私は同じように事情を話した。女の子はトキコという名で、十七歳だった。
「私も道に迷って、昨夜はあきらめて、山の中で寝ました」
「そうなのね。元気でよかった」
「私も、両親に捨てられて、誰かに拾われて施設に入って育ちましたが、生きるのが嫌になって、何日か前に川に入っていったんです。体が流れ始めたとき、これで死んで幸せになれるわって思ってたら、いつのまにか魚の背中に乗ってて、二日前にこの島まで来たんです。それで私たちは出会って、お友だちになりました。みんなで木の実を食べたり川の水を飲んだりしています」
「ほかの子たちはどうなの?」
「やっぱり私たちとおんなじみたいなんです。産まれてすぐに捨てられて施設に入ってたけど逃げ出した子だったり、両親からひどく叩かれて家から逃げ出した子だったり。この子たちの話せることだけを聞いてても、私たちは似てるんです。よかったら、ヨシコお姉ちゃんもしばらく私たちと一緒にいてほしいです。私たち、とても不安なんです。ここがどこかもわからないから」
「うん、いいわよ。もう、ここでみんなで暮らしましょ。やっぱりここは伊豆諸島なんかじゃないのね。私たちだけの島よ」
 私たち十二人は、その場で夜を明かした。

六月二十八日
 皆は朝、南西に移動を始めた。私とフミとトキコは、みんなの二日分ほどの食糧の入った袋を持った。幼い子たちも、弱音を吐かずにしっかりとついてきた。
 島の西側のひらけた砂浜に出ると、また一艘の舟が打ち上げられているのが見えた。そばには、また女の子が立っていた。十二人は近づいて、全ての事情を話した。女の子の名はヒトミで、十八歳だった。
「実は私も、舟に乗ってきたんです。自分から舟に乗れなくてただ飛び込んでしまった子たちは、ウミガメや魚に見つけられて運ばれたのね。びっくり」
 十三人はそのまま、一緒に夜まで砂浜で過ごした。十三人がそれぞれに持ってきた日用品のおかげで、生活上のだいたいのことには困らなかった。今の年月日と時刻を示す暦と時計、採集した食べ物を入れる入れ物、体温を調整できるだけの衣服や靴や帽子や寝袋。全員分はそろっていなかったものの、何とか皆で助け合えば、暮らせないことはなかった。