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岩崎純一のウェブサイト > 精神病理学・精神疾患研究 > 解離性障害
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解離性障害

精神医学的定義
精神医学的定義の概要
解離性健忘・解離性遁走
解離性障害における解離性同一性障害(DID)の特殊性
離人症性障害との関連
特定不能の解離性障害
憑依現象、神がかり、トランスなどとの関連
民族間での症状や発症率の違い
ストックホルム症候群・リマ症候群
「偽記憶症候群(FMS)」と偽記憶症候群財団について
罹患者との個人的交流
「岩崎式日本語」にまつわる個人的交流
参考文献

精神医学的定義

 ICD-10 : F44 解離性[転換性]障害 (Dissociative [conversion] disorders)
 DSM-IV-TR : 10 解離性障害 (Dissociative Disorders)
 MeSH D004213 : 解離性障害 (Dissociative Disorders)

精神医学的定義の概要

 解離性障害は、広義には解離症状を伴う精神・神経性障害の全てを指している。「解離」とは、衝撃的・悲劇的体験に対する防衛として起きる自我や人格の変容、消失、交代を言い、従って、心的外傷後ストレス障害(PTSD)や複雑性PTSD(C-PTSD)と同じく、幼児期・児童期の被虐待体験のトラウマや近親者の死による悲嘆反応、複雑性悲嘆などを契機として起きるケースが多い。また、解離性障害者の多くは女性である。

 ただし、単に解離性障害と言う場合、DSM-IV-TRにおけるそれを指している。DSM-IV-TRでは独立した分類となっているが、ICD-10においては「F44 解離性[転換性]障害」の大部分がこれに該当し、不安障害、強迫性障害、適応障害などと並び、「F40-F48 神経症性障害、ストレス関連障害及び身体表現性障害」の一種とされる。

 また、ICD-10とDSM-IVでは「解離」に関する見解が異なっており、特に身体表現性障害、転換性障害、離人症・現実感喪失ないし離人症性障害、多重人格障害ないし解離性同一性障害を巡って、概念が大きく異なっている。

 解離性障害は、ほぼ旧概念の「ヒステリー」のうちの「解離性ヒステリー」を指し、これがDSM-IIIより廃止され「解離性障害」となったものである。DSMでは、「転換性ヒステリー」は「転換性障害」として、心気障害や身体化障害と共に身体表現性障害の下位に分類された。しかし、ICDでは「解離性ヒステリー」も「転換性ヒステリー」も「解離」と呼ぶ傾向にあり、「F44 解離性[転換性]障害」としてまとめたのである。

 すなわち、DSMにおいては、「身体症状を訴え、それが身体疾患によるものであると訴えながら、その症状を説明できるだけの身体疾患や気分障害などの精神疾患が検査などで確認できない症候群」に該当するものは、全て身体表現性障害である一方、ICDにおいては、そのうちの転換性障害については「解離」と見なされているのである。

 症状が比較的明確である解離性障害には、解離性健忘、解離性遁走、解離性昏迷、解離性同一性障害などがあるが、解離性同一性障害はDSMにおける概念であり、ICD-10では「F44.8 その他の解離性[転換性]障害」に多重人格障害として分類される。

 一定期間または全生活史の記憶を忘却した場合は解離性健忘、自宅や職場などから蒸発し別の場所で別の生活・家庭を築くなどし、戻ってきた頃には今度は遁走先の記憶を失っているような場合は、解離性遁走とされるが、最重度の解離性障害は解離性同一性障害であり、解離性健忘は同障害の条件である。解離性健忘に加えて別人格の存在が明確である場合に、解離性同一性障害とされる。

 DSM5では、解離性健忘と解離性遁走の区別は失われた。

 以下の各ページには、解離性障害の女性の方々による体験と症状の報告が多く寄せられている。女性の解離性障害は、近親者の男性による性的暴行をトラウマとして発症するケースが極めて多いことが分かる。

「ヒステリー」とは「子宮(ヒステリア)」の意味であり、かつてヒステリーの原因が子宮にあると考えられたため、こう名付けられたものである。男性が発症しないわけではないため、現在ではこの呼称は精神医学用語としては忌避されているが、現在でも解離性障害はほとんど女性のものである。

 ●【 虐待被害者の声 】(赤城高原ホスピタルのサイト)
 ●【 トラウマと解離性精神障害 】(同上)
 ●【 解離症状の実例 】(同上)
 ●【 解離性同一性障害、100人の証言 】(同上)

 現在のように外傷性精神障害、外傷性ストレス障害が注目されるようになる以前は、多くの解離症状やPTSDは「外傷性神経症」と呼ばれていた。これは、主に第二次世界大戦中の軍人や被害者に見られたいわゆる戦争神経症(ホロコーストの後遺症など)に注目が集まっていたためであった。

 やがて、レイプ被害者の女性に見られる神経症性の症状が、戦争神経症(とりわけ、ヴェトナム戦争や湾岸戦争の後遺症など)に酷似していたことから、これらがまとめて解離性障害、外傷後ストレス障害(PTSD)と呼ばれるようになった。(外傷は心的外傷を指す。そのため、PTSDは心的外傷後ストレス障害とも言う。)

解離性健忘・解離性遁走

 解離性健忘・解離性遁走は、解離性障害の下位分類として互いに独立した名称を与えられているが、解離性障害を発症している限り、解離性同一性障害の気配があったり健忘・遁走の傾向があったりするのが普通である。とりわけ解離性同一性障害の診断においては、解離性健忘が見られることが必須条件である。

 解離性健忘のDSM-IVの診断基準は以下のようになっている。

A. 優勢な障害は、重要な個人的情報で、通常外傷的またはストレスの強い性質を持つものの想起が不可能になり、それがあまりにも広範囲にわたるため通常の物忘れでは説明できないような、1つまたはそれ以上のエピソードである。
B. この障害は解離性同一性障害、解離性とん走、外傷性ストレス障害、急性ストレス障害、または身体化障害の経過中にのみ起こるものではなく、物質(例:乱用薬物、投薬)または神経疾患またはその他の一般身体疾患(例:頭部外傷による健忘障害)の直接的な生理学的作用によるものではない。
C. その障害は、臨床的に著しい苦痛または、社会的、職業的、または他の重要な領域の機能における障害を引き起こしている。

 解離性遁走のDSM-IVの診断基準は以下のようになっている。

A. 優勢な障害は、予期していない時に突然、家庭または普段の職場から離れて放浪し、過去を想起することができなくなる。
B. 個人の同一性について混乱している、または新しい同一性を(部分的に、または完全に)装う。
C. その障害は、臨床的に著しい苦痛または、社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
(アメリカ精神医学会『DSM-IV 精神疾患の分類と診断の手引き』 1995年、医学書院)

解離性障害における解離性同一性障害(DID)の特殊性

 解離性障害の下位分類とされている症状のうちで、最も重要視され研究されているものが、解離性同一性障害(DID)である。

 アメリカの精神医学が中心になって定めた解離性同一性障害と、世界保健機関が中心になって定めた多重人格障害も、お互いにほとんどの症状が重なるものの、概念上は異なるものであるが、それらと、いわゆる「性格や言葉の使い分け」(先生や上司の前でだけ良い顔や媚びた言葉遣いをするなど)も、お互いにまったく異なるものである。

 いったい「他者」とは何だろうか。「あなた」や「友人」や「彼」ばかりが他人だろうか。「自分自身」は本当にこの世に一人なのだろうか。

 解離性同一性障害の多くは、子供が耐えられるレベルを超えた虐待やネグレクトを近親者や大人から受けたときに、自分の中に複数の「別人」を作り出すことで発症する。むしろ、暴力によってしか子供に接することのできない大人のほうがある種のパーソナリティー障害だと言えるのであろうし、そのような大人に対してできる抵抗、数少ない生きる術の一つが解離性同一性障害であるとも考えられる。

 その点で、PTSDに似ているし、便宜的にPTSDと同じ神経症性障害とされているが、PTSDは40代になっても50代になってもいつでも発症するのに対し、解離性同一性障害の発症は10~20代に集中している。不安障害・気分障害・統合失調症などとも症状が連続体的である。

 解離性同一性障害は、一般的に見ても理解しがたい「心の叫びのあり方」で、存在を認めていない医者や学者も多く存在する。

 ただし、それは学説の真偽の問題でさえなく、解離性同一性障害を「パーソナリティー障害の一種であり、真に心から多くの人物を演技していて、かつ演技している自己に気づいていない症状」とする意味で「解離性障害の一つと認めない」という考え方もあるようである。

 DSM-IVの診断基準は以下のようになっている。

A. 2つまたはそれ以上の、はっきりと他と区別される同一性 (identity) または人格状態 (personality states) の存在 (その各々はそれぞれ固有の比較的持続する様式をもち、環境および自我を知覚し、かかわり、思考する)。
B. これらの同一性 (identity) または人格状態 (personality states) の少なくとも2つが反復的に患者の行動を統制する。
C. 重要な個人的情報の想起が不能であり、普通の物忘れで説明できないほど強い。
D. この障害は物質(例:アルコール中毒時のブラックアウトまたは混乱した行動)または他の一般的疾患(例:複雑部分発作)の直接的な生理的作用によるものではない。注:子供の場合、その症状が想像上の遊び仲間(イマジナリーフレンド imaginary friend)、または他の空想的遊びに由来するものではない。
(アメリカ精神医学会『DSM-IV 精神疾患の分類と診断の手引き』 1995年、医学書院)

 解離性障害はどれも女性が多いが、この解離性同一性障害は最も女性の割合が高い。先述のように、解離性同一性障害の症状は極めて独特で、解離性障害とは別にする考え方もある。学者や医師によって定義・判断が異なるので、注意が必要である。

 20世紀末までの多重人格障害の理解によく用いられた基準に、「リチャード・クラフトの四因子論」(1984)というものがある。現在でも重要な視点を含んでおり、十分に使えるものである。

第一因子(特に重視される)・・・その人間にトラウマによる解離・自己催眠傾向のような解離ができるポテンシャルがあること。
第二因子(特に重視される)・・・性的虐待・近親者の死・本人の病気の苦しみなど、その子どもの自我の適応的な機能では対処しきれないくらいの圧倒的な体験にさらされること。
第三因子・・・文化的なもの、体験、想像上の友達などで、解離による人格状態を作り出すこと。
第四因子・・・重要な他者(たいていは親)による刺激からの保護や修復の体験が十分に与えられなかったこと。

 また、その後に登場した「コリン・ロスの四経路論」(1989)という基準も紹介しておきたい。

児童虐待経路・・・クラフトによる四因子論を全て満たす古典的な解離性同一性障害。10歳までにはっきりした解離性同一性障害を発症、さまざまな解離性障害を呈する解離症状はやや重く、解離体験尺度(DES)の平均値は40%前後が普通。
ネグレクト経路・・・重要な他者が鬱病その他の理由でうまく利用できず、しっかりした愛着対象が持てなかったため、想像の世界に引きこもって他の人格状態を作り出す。クラフトの第三因子と第四因子の強い形。解離は児童虐待経路の物よりやや弱く、DESの平均値は30%前後
虚偽性経路・・・DSM-IVにも記載されている身体的・心理的症状の意図的捏造。治療前に解離症状はない。過剰に演技した解離性同一障害の印象が強く、DESの平均値は70%前後と高い。
医原性経路・・・威圧的な説得・暗示・破壊性カルトによるもので、解離性同一紹介である間は、DESの平均値は70%前後と高くなるが、それが治まると正常値10~20%に戻る。

離人症性障害との関連

 離人症性障害は、解離性障害の罹患者であるならば、一時的または長期的にほとんどの罹患者が体験したことのある症状であると考えられる。

 DSM-IVの診断基準は以下のようになっている。

A. 自分の精神過程または身体から遊離して、あたかも自分が外部の傍観者であるかのように感じる持続的または反復的な体験。
B. 離人体験の間、現実検討は正常に保たれている。
C. 離人症状は臨床的に著しい苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
D. 離人体験は、統合失調症、パニック障害、急性ストレス障害、またはその他の解離性障害のような、他の精神疾患の経過中にのみ起こるものではなく、物質(例:乱用薬物、投薬)またはその他の一般身体疾患(例:側頭葉てんかん)の直接的な生理学的作用によるものでもない。
(アメリカ精神医学会『DSM-IV 精神疾患の分類と診断の手引き』 1995年、医学書院)

 しばしば「離人感」や「現実感喪失」という言葉もWHOのICDを中心に用いられるが、この場合は、自分自身や他人が「ものごと」やロボットやカラクリ人形のように感じられるなどの症状を発症してはいるものの、「非解離性障害的な離人感・現実感喪失」にとどまっている状態をそう呼んでいる。

 あえてDSMの基準に引き付けて「離人症性障害」を診断する場合は、軽度・中度の離人感・現実感喪失とは違って、症状がより重く持続的である場合や、自殺を考えるような場合をも含んでいる。

 しかし、いずれにせよ、解離性障害からは区別されることがあるのが特徴であるが、学説や基準が乱立しており、まとまっていない。

「離人感」や「現実感喪失」には男女差はないようであるが、「離人症性障害」は10代~30代の女性が多くなっている。

特定不能の解離性障害

 以下に述べる憑依現象、神がかり、トランスなどとの関連で、「特定不能の解離性障害」の医学的な定義を見ておきたい。

 特定不能の解離性障害は、「解離性健忘、解離性遁走、解離性同一性障害、離人症性障害のいずれにも該当しない解離性障害」と定義されているが、実際にはそれぞれの解離性障害者が様々な解離症状をまたいで持っている。メインとなる症状がトランス・憑依・けいれん・感覚脱失などである女性が、昔で言う「巫女」に近いのだと考えられる。

1. 臨床状態が解離性同一性障害に酷似しているが その疾患の基準全てを満たさないもの。例としてはa)2つ又はそれ以上の、はっきりと他と区別される人格状態が存在していない。またはb)重要な個人的情報に関する健忘が生じていない。
2. 成人の現実感喪失で、離人症を伴わないもの。
3. 長期間にわたる強力で威圧的な説得(例:洗脳・思想改造・人質になっている間の教化)を受けていた人に起こる解離状態。
4. 解離性トランス状態:特定の地域および文化に固有な、単一の または挿話性の意識状態、同一性または記憶の障害、 解離性トランスは、直接接している環境に対する認識の狭窄化、常同的行動 または動作で、事故のいしの及ぶ範囲を 越えていると体験されるものに関するものである。 憑依トランスは、個人としてのいつもの同一性感覚が、新しい同一性に置き変わるもので、魂・力・神または他の人の影響を受け 常同的な”不随意”運動 または健忘を伴うものに関するものである。 その例として、 アモク(インドネシア)、ビバイナン(インドネシア)、ラター(マレーシア)、ピプロクトッタ(北極)、アタク・ド・ナビオス(ラテン・アメリカ)及び憑依(インド)などがある。解離性障害またはトランス障害は、広く受け入れられている 集合的文化習慣 または宗教行為の正常な一部分ではない。
5. 一般身体疾患によらない意識の消失、昏迷、または昏睡。
6. ガンサー症候群:質問に対して大雑把な応答をすること(例:“2たす2は5”)で、解離性健忘または解離性遁走に伴ったものではない。
(アメリカ精神医学会『DSM-IV 精神疾患の分類と診断の手引き』 1995年、医学書院)

憑依現象、神がかり、トランスなどとの関連

 解離性障害について古くからある議論に、古代や辺境各地の巫女やシャーマン、イタコに見られる憑依現象、神がかり、トランスなどは、解離性障害であるかどうかという議論がある。これについては、とりわけ上掲の「特定不能の解離性障害」と多くの部分で重なりがあることは否定できようもないし、むしろ現代の解離性障害よりも複雑な精神症状であったと考えられる。

 私も、憑依、神がかり、トランスなどは、現代の解離性障害と極めて深い関係にあると感じる。

 つまり、次のようなことではなかろうか。かつては、台風・地震・雷などの脅威、他の肉食動物や猛毒生物の脅威、凶作・飢餓などによる生命の危機を感じたときに、しばしば「憑依、神がかり、トランス」などとして多くの女性に解離症状が起きていたし、宗教祭祀・儀式の際には意図的に解離することさえできていた。ところが、高度文明の発達によりそれらの脅威・危機や祭祀などの機会は少なくなる中、今度は、自然現象などに敏感な女性、伝統的祭祀などに日常的に参加する機会のある特定の出自の女性、虐待・性的暴行を受けた特定の女性にのみ生じるようになった。このように見るべきであろうと思う。

 事実、この点を探究したく、旧華族・旧士族の家柄の出自である若い10代・20代の巫女などの女性の方々を訪ねたとき、ご自身の解離症状について全く同様のことをおっしゃった。すなわち、「自分たちの日常的な解離は、一般女性においてはほとんど失われたものだと思うが、非常に自然風物に感じ入るような女性や、性的被害などに遭った特定の女性であれば、感じていらっしゃると思うし、深く分かっていただけるのではないか」とのことであった。

(詳しくは、解離性障害の専門書を参照するほか、各民族の文化や各宗教の儀式を調査・研究するべきであろう。)

民族間での症状や発症率の違い

 解離性障害は、民族間・国民間で症状の種類や発症率に著しい差が見られる神経症性障害の一つである。

 例えば、以下の統計データからも分かるように、中国人(正確には漢民族と言うべきであろう)は、解離性障害自体を発症しにくく、発症するとしても健忘や遁走が多いことが知られる。DV、児童虐待、いじめ、性暴力の被害者のいずれにおいても、この傾向は見られる。

 むろんそれは、中国人の心が「傷ついていない」などという意味では毛頭ないと考えられる。そうではなく、「傷つき方」や「傷ついたときの心や体の対処の仕方」が、風土・民族性・母語・文化などと深い関連を持っているということを意味していると考えられる。

 日本人ならば、まずはDVやいじめに遭った場合、自分のほうに非があるのではないかと考えて重いPTSD・不安障害・うつ病に陥ったり、不登校になったりする例が極めて多く見られ、さらに重い場合は解離性同一性障害を発症するのであるが、中国人の脳は、こういった「自己自身を見つめたり、自己自身を変容させたりして、相手方に合わせて耐え抜く」タイプの精神疾患を生じにくく、苦痛・苦悩を覚えた出来事を「なかった」ことにして忘れたり(健忘)、あてもなく外出・放浪して気分を解消したり(遁走)するのが得意であるようだ。

 以下のデータにおいてアメリカのデータが極めて良くバランスが取れている理由は、様々な民族、様々な体験を持った人々の集合体であるがために、精神疾患の坩堝のような状態だからであろう。


『こころのりんしょう』2009 Vol.28 No.2 星和書店 p138

ストックホルム症候群・リマ症候群

 解離性障害に関する統計報告の中でも、とりわけ性的被害による女性の解離性障害のそれに学者や医師によってばらつきがあるのはなぜかと考えるに、むろん第一には、上で述べてきたような理由からであると考えられる。すなわち、被害者自身が自らが受けた性的被害の内容の凄惨さや恥ずかしさに耐えられず、これらを覆い隠そうとするがために、(何らかの異常な症状を自覚しながらも)通院をためらうからだと考えられる。

 ところが、第二には、必ずしも「暴行」や「脅迫」による「被害」とは言えないケースがあり、学者・医師の側も女性本人も、それらを性的虐待や性暴力として安易に扱うことを躊躇するからである。

 幼少期、児童期、中学・高校時代など、性的被害を受けていたまさにその最中あるいは時期において、むろん被害者は、経済的・心理的に加害者である大人(実父、近所の男性、学校の先生や、虐待の協力者、加担者である実母、祖母、姉など)に頼るほかない。そのため、しばしばその場から逃げようとするよりは、加害者らを怒らせないように努め加害者らに気に入られることによって、性的な加害の程度を小さくしてもらうという、一時的な措置や善処だけを考えるようになる。

 そして、そのような自分の努力を阻み自分を助けようとする周囲の大人のほうに反発するようになり、従って、自分に性的被害を与え、それに耐える自分の精神力にさえ「気づかせてくれた」加害者男性や、虐待の協力者、加担者の無罪放免を、内心で望むようになるのである。

 精神医学では、このように「犯罪加害者に対して被害者が親愛の感情を持つようになること」を「ストックホルム症候群」と呼んでいる。1973年8月に発生したストックホルムでの銀行強盗人質立てこもり事件に由来している。
 この事件において、警察に不用意に突入されると犯人に自分たちが殺害されると恐れた人質たちは、かえって警察を敵対視するようになり、やがて人質と犯人が手を組んで警察の突入を妨害し、突入後も人質が警察に銃を向け続けたのである。その後の捜査においても、人質たちは犯人を擁護し、中には犯人と結婚に至った人質もいた。

 とりわけ性的な加害・被害関係においては、被害者にストックホルム症候群が見られる例が多く、そのような性犯罪事件として有名なものには、オーストリア少女監禁事件(1998年)やエリザベス・スマート誘拐事件(2002年)などがある。性的被害に遭った日本女性の解離性障害の発症の仕方も、これと全く同様である。

 もっとも、その場から解放され我に返ったときには、加害者・犯人への憤りが正常に自覚され始めるのが普通であるが、加害者が身近な人物であることが多い性的虐待においては、被害者の加害者への親愛の情が何年にも渡って衰えないケースが極めて多い。

 上掲の【 トラウマと解離性精神障害 】にもあるように、被害の最中に体が性的快感を覚えてしまったり、被害自体が性の喜びの目覚めであったような女性にとっては、成人してその意味が分かるようになるにつれ、被害そのものよりも、本来起きてはならないはずの事態(犯罪行為)に自らの体が答えてしまった事実のほうを恥じることで解離症状を呈するようになり、これが解離性障害の実態の解明を遅らせることにつながっているわけである。

 また逆に、加害者のほうが犯行中に被害者に同情するようになり、攻撃的態度が和らぐ現象は、「リマ症候群」と呼ばれている。1996・97年の在ペルー日本大使公邸占拠事件において、ゲリラ側が室内にあった書籍を読むなどしているうちに、異国の文化に関心を持ち始め、やがて人質をかわいそうだと思い、人質に親近感を覚えるようになったことから、名付けられた。

 むろん、性的な加害・被害関係の場合、加害者がリマ症候群を引き起こすことは稀で、被害者女性側がストックホルム症候群による解離性障害を引き起こし、加害者を受け入れているケースがほとんどであるから、実際には、被害者女性本人が「自分の判断がおかしい」とは知っていながらも加害者を擁護する一方で、加害者ばかりが逃げ得をしているケースが多いと思われる。

 しかし、一方的なレイプや性的暴行の場合は別にして、私が見てきた性的虐待のいくつかにおいて、両症候群の共存が見られたケースがあった。加害者がリマ症候群に陥り、被害者に「拒否したければ拒否してもいいよ」などと前置きするに至っており、逆に被害者がストックホルム症候群に陥って、その非攻撃的な性行為の要求を受け入れているうちに、通常の性行為に変質してしまい、「そのときばかりは」女性のほうも「行為に満足した」と加害者や医師に答えてしまっているケースがあった。

 このような場合、見かけ上は「“害を被っている”被害者」がいないため、児童虐待や性犯罪事件として表に出る道はほとんど絶たれてしまう。
 また、被害者が18歳や成人をすでに迎えている場合、第三者がそれを犯罪と見なして「止めに入る」ことが正しいかどうか、安全かどうかという問題も残ってしまう。ストックホルム症候群に陥った女性にとって、第三者(医師など)の安易な介入は、「性的被害体験に耐え抜く自己の実現」をおびやかす外敵の侵入でしかない。

 加害者が実父などの近親者男性であり、かつ被害者が、家族、そして(先祖代々続く伝統的共同体としての)「家(いえ)」を大切にする情の持ち主であればあるほど、被害者が加害者を黙認し、被害者と加害者がそろって世の性的虐待や性犯罪を放任しているというジレンマが生じるのである。

 結局のところ、我々第三者は被害者に対し、「あなたは、ご自身の過去の体験、そして、その体験がきっかけだと考えられる現在の解離性障害を、どのようにしていきたいですか」と尋ね、その答えに含まれる精一杯の希望を汲み取るしかないと思うのである。

 そこで「どうしても助けてほしい」と訴える被害者しか我々は助けることしかできないと、私は思うのである。本当に残念である。現に、私はそうすることしかできなかったし、私のサイトに掲載させていただいている解離性障害の方々は、そのようにして(匿名ではありながらも)表に出ることを選び、過去を乗り越えようとされている方々なのである。

【参考】
性関連障害
人格(パーソナリティー)障害

「偽記憶症候群(FMS)」と偽記憶症候群財団について

 実際には経験していない虐待などを経験したとする記憶は「偽りの記憶」や「虚偽記憶」と呼ばれ(“False Memory”の訳語)、虚偽の経験を真実であるとする(虚偽の)被害者の訴えは「偽記憶症候群(FMS・False Memory Syndrome)」と呼ばれる。特に解離性障害・PTSDの女性が訴える性的虐待の経験に虚偽が見つかるケースがあり、欧米でも日本でも問題視され始めた。

 これらの虚偽記憶を真実であると訴える解離性障害・PTSD罹患者の中には、主に催眠療法である回復記憶療法において、全ての解離性障害・PTSD罹患者における「抑圧された記憶(Repressed Memory)」の存在を信奉する精神科医やセラピスト、カウンセラーから、半ば強制的に被虐待経験などの過去の経験を証言するように要求され、これらの経験を即席に創作して証言した者たちもいた。

 イギリスの小説家ロレンス・ダレルに近親姦の被害を受けたと訴えて自殺した娘のサッフォーは、「抑圧された記憶」の想起を強要するセラピストらに対して、ありもしない近親姦の記憶を創作して証言し、自らそれを苦に自殺した可能性が高いことがのちに分かっている。

 日本においても昨今、母親が小学生や中学生の娘を誘導して担任教諭による虚偽の性的被害体験の証言をさせ、担任教諭を強制わいせつで訴えるなどの冤罪事件が起きている。東京都葛飾区の公立小の元教諭が強制わいせつ罪に問われた2012年の冤罪事件(2013年の東京地裁判決、2014年の東京高裁判決ともに無罪)では、6歳の女児二人を被害者とする事件の捏造が行われたが、この女児二人の「触られた」とする供述が母親らによる誘導によるものであることが示唆された。このような場合、自身の虚偽証言を苦にした女児の解離性障害・PTSDへの罹患や自殺などを防ぐため、母親との今後の同居生活をいかに送らせるべきか、あるいは母親から引き離して保護すべきかといった問題も生じてくることとなる。

 欧米では特に、解離性障害・PTSD罹患者における虚偽記憶の概念が社会に広く知られるようになるにつれ、今度は我が子が訴える真の虐待記憶までをも虚偽であると主張する親が増加した。中には、我が子を担当した精神科医やセラピストを相手とするのではなく、我が子を相手とする訴訟も起こされるようになった。

 そのような中、我が子らから虐待を訴えられた親らへの援助のために、偽記憶症候群財団(False Memory Syndrome Foundation)が設立された。

 もっとも、私個人の解離性障害者・PTSD罹患者との交流においても、中には完全な記憶違い、あるいは器質的要因による妄想性の精神病であったという例も少なからずあった。ただし、親の側の虚言であると思えるケースが多いのも、また事実である。

 当然ながら、被害者が解離性障害になった暴力や性的虐待やネグレクトそのものが、刑事事件となっているケースも多いだろう。最近では、親が子供に食料を与えなかったり、子供を家や自家用車内に残したままパチンコに行ったりするケースや、教育委員会や小中学校教師が「いじめはなかった」と虚偽の報告を行い、いじめが揉み消されるケースが増えている。このようなケースにおいて、子供は、虐待やいじめそのものを要因として解離するほか、親や教師の虚偽への絶望として再び解離しているケースもあるだろう。

 最近の偽記憶症候群財団も、残念ながら、現在の日本の教育委員会と教師の連携によるいじめの揉み消しと全く同様のことが実行できる組織上の機構を備えてしまっているように思う。
 特に、性的暴行の場合、被害者の産んだ子が本当に被害者の父親や親族男性の子でないか、担任教師の子でないか、遺伝子検査を徹底するべきであろうし、あるいは、被害者の被虐待記憶が親や教師の過去の堕胎記録に合致していないかといったことを、調べていくべきであろう。

 参考文献に挙げた『こころのりんしょう』(2009)の論文「解離性障害の疫学と虐待の記憶」(岡村毅、杉下和行、柴山雅俊)などは、偽記憶症候群財団の存在を挙げつつ、やや加害者(とされる側)の立場に立った「解離性障害」観によって書かれている。

 日本の学者や医師も、学者や医師の立場を離れることは難しいとは思うものの、一人の人間として、ぜひ一度は機能不全家族や精神病棟の中に入って一か月ほど寝泊りするくらいの覚悟を持って、解離性障害研究に臨んでいただければと願っている。

 日本においては昨今、「虚偽記憶」や「偽記憶症候群」に代わり、精神科医の斎藤学らによる「過誤記憶」や「過誤記憶症候群」の訳語が主に用いられている。訳語改訂の理由は、積極的な「虚偽」ではなくセラピストらに記憶の証言を強要されたがための否応なしの「記憶の創作」としての「過誤」である場合を、これまでの「虚偽」の訳語では表現しきれなかったこと、また、欧米と日本の社会性の違い(被害者・被害者を名乗る者・加害者のいずれの立場からも虚偽記憶訴訟が頻繁に起こされ裁判となっている欧米と異なり、日本では、マスメディアによる虚偽記憶の概念の紹介・報道以降、かえって真の被害者が批判を恐れ、訴えを断念する場合があった)を反映したことなどによる。

罹患者との個人的交流

 私が解離性障害者と初めて交流を持ったのは、元々は私の研究の中心である共感覚とは別件の場であり、赤城高原ホスピタルなどのホスピタルを退院したかつての患者の方々との出会いが最初である。その後も交流は続き、さらに共感覚者、閃輝暗点保持者、偏頭痛患者などの中にも解離性障害者がいらっしゃることが分かったため、解離性障害を本格的に探究するようになった。

 2013年後半からは、必ずしも一般的な解離性障害の定義に当てはまらない、特定不能の解離性障害の方との交流があり、一筋縄ではいかない解離症状の豊かさ、広大さに不思議さや感銘を覚えている。

 もっとも、私自身も小学生・中学生時代に、人生について非常に悩み、哲学的な思索を繰り返していたところ、閃輝暗点、偏頭痛に見舞われることがあったが、この時に感じていた時空感覚の歪み、巨視感・微視感、人間と物体との区別がつかない感覚は、軽度か中程度のいわゆる離人症・現実感喪失であったということができるだろう。

 また、私が小学生の頃、近くの中学生男子数名と私の学年の男子12人(私のクラスの男子が中心)で近くに住む知的障害者の男性をいじめに行く「ツアー」なるものが計画され、私も参加を強要されたが、私のみが拒否したという一件があった。

 あえて一度だけ、現場でいじめを食い止めるために、自転車で集団の後ろをついていき、現場に居合わせたことがあったが、たった一人孤立した状況で十何人もの暴力集団を止めることなどできるはずもなく、言葉にならぬ言葉で叫ぶしかなかった。おそらく、このときに初めて私は離人感というものを覚えた気がする。記憶している限り、集団の一人が知的障害者ご本人に石を投げつけたか、そばに駐車してあったその方のご両親の自家用車のミラーを破壊した瞬間であったと思う。

 その後、私がクラスにおいてどういう目に遭ったかは、暴力被害よりは無視のほうが多かったこと以外、詳しくは言えないが、ともかくその時期以降およそ一年間は、現実感、遠近感、痛覚が脱失することがあり、直後に腕をつねることでそれらを取り戻すなど、自分なりの感覚調節らしきものをおこなっていた。

 離人や解離の経験者にはお分かりいただけると思うが、離人や解離というのは、肩の脱臼のようなもので、一度または数度経験してしまえば、習慣になりがちであるし、人によっては意図的に離人・解離することさえできるようになる。私も、離人に関しては、かつては意図的に可能であったが、現在ではそのようなことはできなくなっている。

 定義の項において、軍人などに見られる戦争神経症について書いたが、現在では、特に男子の場合、戦争神経症に該当する症状は、いじめ、受験競争、就職競争、その他の学校・職場生活などでの同胞との抗争によって起きているようである。

 昔と今とでは、「兵役、戦争、虐殺、植民地支配などの体験」と「いじめ、受験・就職競争、職場の人間関係の不和の体験」というように原因は全く違えど、脳と身体に起きている症状は、同様の生体を持つ人間として継承していると見るほうがよいのだろう。

 今までに私は、神経内科・心療内科・精神科に入院・通院している解離性障害者や、DVシェルター、暴力被害者専用の寮・シェアハウスなどで暮らしている解離性障害者と交流させていただいたが、解離症状の中でも重大であることが多いのは、やはりDVや性暴力被害に遭った女性の解離症状である。衝撃的な被害に遭って重度の解離性障害に陥った女性の方々の悩み苦しみは、私などには簡単に分かるはずもなく、特に解離性同一性障害の女性が目の前で見せる人格交代に慣れるまでに、少し時間はかかってしまった。

 親族によるDVや性暴力被害の場合、被害者が解離性障害に陥っているケースが多い一方で、見ず知らずの男性によるDVや性暴力被害の場合、被害者にとって「安心できる場所」の喪失がない限り(信頼できる親族などの「帰る場所」がある限り)解離性障害に陥っているケースが少ないことは、解離性障害がいかなる「心の状態」を言うのかを端的に物語っていると思う。解離性障害の多くは、端的に言えば、「信頼できるはずの身近な他者からの裏切りに対する防衛策」であると考えられる。

 解離性障害者の加害者に限ったことではないが、DVや性暴力の加害者は男性とは限らない。暴力の実行者の多くは男性であるが、主導者・指示者としては女性(特に、実母・義母・祖母・姉妹やそれらの女性の友人)も多く、これらの女性の指示・監視下において、男性が暴行を実行したり、指示者の女性も暴行に参加したりして、被害者が解離性障害に陥ったケースもある。

 このように、親族の女性が暴力に協力的であったり、加担・参加している例も多い。同性の守護者の喪失は、被害者が解離性障害を発症する十分に大きな要因となる。女性にとって、信頼していた同性からの裏切りはとりわけ耐えがたいものであることが、この解離性障害の症例からも如実に分かるものである。

 身近な女性の援助交際・売春現場の目撃による解離性障害の発症も多いが、この場合、特に幼少期・児童期・中学生期に現場を目撃し、その当時は記憶を無意識の深層に閉じ込め、高校生・大学生・成人になってからその記憶が再び想起され、「家族を愛する気持ち」と「家族を拒絶する気持ち」との間で自己が葛藤し、解決が付かない場合に発症しているケースが多いようである。

 最も治療やカウンセリングが困難なのは、解離性同一性障害の女性において、主人格Aやある別人格Bが、主人格Aの過去のDVや性暴力被害に対し、現代の社会通念上考えられる反発や憤りや違和感を持っていたとしても、別人格Cや別人格Dがそれらを持っていない場合である。主人格Aや別人格Bが気づかないうちに、別人格Cや別人格Dが自暴自棄になって(まさに加害者である母親らと同じく)援助交際・売春をおこなっている場合などもあるため、こういう場合はほとんど即入院となっているようである。

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「岩崎式日本語」にまつわる個人的交流

 岩崎式日本語は、ほぼ解離性障害の女性のために生まれたような言語だと言ってよいと思う。正しくは、「本来は、解離性障害の女性のみならず、他の神経症性障害、統合失調症、気分障害、不安障害の老若男女に使えるものを想定して作ったが、この言語の制作に当たり自分がとりわけ意識せざるを得なかったものが、女性の解離性障害であった」と言うべきだろう。

 岩崎式日本語の構想のきっかけとなった解離性障害者の体験談を書いておく。

 上掲の過去の体験の箇所に挙げた「BB弾」とは、1980年代に製造・販売された遊戯銃(トイガン、主にエアソフトガン)に使用されるプラスチック製弾丸、またはこの銃やこの銃を使用した遊戯そのもののことで、ちょうど私(1982年生まれ)の世代が小学生の頃に日本でも流行した玩具である。「BB弾やろう」と言えば、BB弾を使った遊戯をやろうという意味である。

 私は一度も持ったことも買ったこともない(買おうとも思ったことがない)が、当時の男子であれば、必ず触れた(撃った)ことがあるか、所有していたほどの有名なトイガンである。

 当然ながら、このような玩具に、当時の全国における一部の女子児童たちの父親や地域住民の男性が、ある種の興味を示さないはずはない。このBB弾を用いた虐待の被害者女性たちが、15年から20年後の今も、解離性障害に苦しみ続けている。まことに激憤を覚える。

 私が知っているのは、ある姉妹の例である。虐待内容としては、実父とその友人による、BB弾を使った当時の二人の女児の身体への銃撃が最も多い。中には、女児たちの体内へのBB弾の撃ち込みを伴う虐待もあった。彼女たちは、精神科より前にまず救急病院に行く羽目になった。そして、病院で「自分で入れた」と語った。

 また、互いにBB弾を撃ち合う「戦争ごっこ」に女児たちが参加させられた時もあった。

 これらの体験を被害者の女性の方々とカウンセラーから聞いたこと、そして加害者に対する私自身の憤りが、私の言語構想の直接的な動機の一つとなった。

 現在、岩崎式日本語を使用して下さっている方々のうち最多を占めるのが、今述べたような解離性障害の女性の方々である。最多と言っても、延べ20名程度のうちの10名弱であるが、やはり精神科・心療内科・神経内科への通院やホスピタル等への入院歴があると、一般社会における偏見などもあり、就職において不利となるため、考案者である私以外には匿名とすることを希望・条件としている方々が多い。

 特に、解離性同一性障害の方々とは、ほとんど私と一対一のやり取りのみである。

参考文献(精神疾患研究のトップページに挙げた文献以外)

Maldonando R.J. and Spiegel D. (2009). Dissociative Disorders. In The American Psychiatric Publishing: Board Review Guide for Psychiatry(Chapter 22).
Lynn, SJ et al. (2012). "Dissociation and dissociative disorders: challenging conventional wisdom". Current Directions in Psychological Science 21: 48-53.
Maldonado, JR; Spiegel D (2008). "Dissociative disorders ? Dissociative identity disorder (Multiple personality disorder)". In Hales RE; Yudofsky SC; Gabbard GO; with foreword by Alan F. Schatzberg. The American Psychiatric Publishing textbook of psychiatry (5th ed.). Washington, DC: American Psychiatric Pub. pp. 681-710
Sadock, BJ; Sadock VA (2007). "Dissociative disorders ? Dissociative identity disorder". Kaplan & Sadock's synopsis of psychiatry: behavioral sciences/clinical psychiatry (10th ed.). Philadelphia: Lippincott Williams & Wilkins. pp. 671-6.
『精神療法 特集 解離とその治療』 Vol.35 No.2、金剛出版、2009
『こころのりんしょう a・la・carte〈特集〉解離性障害』 Vol.28 No.2、星和書店、2009年
『失われた私』 フローラ・リータ・シュライバー、早川書房、1978年(原著1973年)
『父-娘 近親姦-「家族」の闇を照らす』 ジュディス・ハーマン、誠信書房、2000年(原著1981年)
『自己・あいだ・時間』 木村敏、ちくま学芸文庫、2006