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岩崎純一のウェブサイト > サイトの歴史と共感覚の変遷
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サイトの歴史と私の共感覚などの変遷

年月・年齢

◆サイトの歴史

◆私の感覚の変遷

↑の形式で書いています。

1982年

◆パソコン自体を知らない時期。

◆岩崎純一、誕生する。
 幼少期の頃から、現在「共感覚」と呼ばれている感覚を自分が持っていることに気づいていたが、「共感覚」の語は知らない状態。

1989年~1994年(7~12歳) 小学校時代

◆パソコン自体を知らない時期。

◆中学受験の準備が楽しく、勉強に没頭。塾にも自分から行きたがり、行くことになったものの、大勢での集団行動が苦手で、ファミコン世代であるのにファミコンもせず、ひたすら勉強が面白かった。
 また、玩具(レゴブロックなど)のフィギュアに自作の言語を話させ架空世界を創作して楽しんだり、「1+1はなぜ2であるのか」を教師に尋ねた結果「当たり前のことを質問するな」と怒られて泣いたりするなど、ともかく変わった子だった。

1995年~2000年(13~18歳) 中学・高校時代

◆Windows 95 が発売される。初めてパソコンとインターネットに出会う。しかし、受験勉強のため、ほとんど触れず。

◆上記の共感覚について、「仮名・漢字など、文字の音・形に色が付いて見える」、「音に色が付いて見える」、「女性が性周期のどの時期にいるか(排卵期・月経期など)が色や音でわかる」などと、自分の言葉で表現できるようになる。
◆また、精神的ストレスを感じたときに、視野に色とりどりの星の模様が現れてキラキラと光るのが見え、それが収まった後に強烈な頭痛を体験するようになる。感覚が起きるたびに保健室で寝込み、たびたび早退もした。(後述の「閃輝暗点」)
 この閃輝暗点は、先の「女性が性周期のどの時期にいるか(排卵期・月経期など)が色や音でわかる」共感覚を感じたときにもしばしば起きていた。

2001年(19歳)

◆大学で情報処理の必修授業を受けるも、面白さを感じられず、自分でパソコン、HTML、DAW(デジタルでの音楽・音声の制作・編集環境のこと)などの勉強を始める。

◆先述の精神的ストレスや女性の性周期を感じたときに起きる視野の変化・体調不良・頭痛が、偏頭痛の専門分野で「閃輝暗点」と呼ばれている既知の症状であることを、インターネット上で探し当てる。
 古代日本や世界の「月経中の女性の隔離」(月経小屋など)の風習が、「女性差別」ではなく、「女性や子供のために狩猟に行く男性が女性の月経前症候群の心理的・肉体的伝染を受けて狩猟不能にならないための措置」であったのではないかと思うようになる。
◆この頃から、現在に至る様々な学問体系への探究心が芽生える。

2002年(20歳)

◆小規模のウェブサイトを立ち上げる。音楽(作曲)の話題が中心。作曲関係の仕事のサイトを兼ねる。
◆自分の「共感覚」や「閃輝暗点」などを基点として、いわゆる人間の特殊な感覚や社会的少数者に関心を抱き、芸術系サイトや発達障害者団体のサイトなどに書き込んだりメールを送ったりする形で、共感覚者・絶対音感保持者・発達障害者・精神疾患者の方々とネット上での交流を始める。

◆文字や音に色が見える感覚について、すでに欧米では科学的に検証され、「共感覚」という名称が付いている既知の知覚現象であることを知って、拍子抜けする。
 当時、母校の東京大学には、共感覚を知っている先生、共感覚研究者などはほとんどいなかった。

2003年(21歳)

◆引き続きネットを通じた交流。

◆自分としては、女性の性周期を見るときも「色で察知」しているため、この感覚を「対女性共感覚」と自ら名付ける。
◆同じ頃、東大その他の精神医学分野におけるアメリカ型の疾病分類法(不安障害、解離性障害、統合失調症、自閉症など)に違和感を覚える。

2004年(22歳)

◆自分の共感覚を自分のサイトやブログ上で公表することを考え始める。この年をもって、人間の知覚・心理全般を扱うサイトとしての公開年とする。

◆共感覚は年齢と共に衰えるとの学説を知るが、自分の場合はこの頃も衰える様子なし。
※ ↓↓ このときに触れた論文の例。前述の学説が提唱されている。
●Marks, Lawrence E. “Synesthesia: The Lucky People with Mixed-up Senses.” Psychology Today 9,1975
●Lewkovicz. David and Turkeaitz. Gerald, Intersensory Interaction in Newborn, Child Development 52, 1981
●Maurer, Daphne and Maurer, Charles, The World of the Newborn, New York Basic Books, 1992
◆また、東京大学を中退する。しかも、中退後に、共感覚を研究分野に掲げる東大の先生方や学生様が現れ始め、少しがっかりする。もう少し長く在籍し、かつ運が良ければ、共感覚を分かって下さる先生や友人に出会えたということを意味する(と思う)。

2005年(23歳)

◆自分の共感覚をサイト上で初めて公表。現在も、以下のページに当時のまま掲載中。
基本的な共感覚

◆共感覚のほか、知覚・心理全般(閃輝暗点、鬱、対人恐怖症、不安障害、解離性障害、統合失調症、自閉症、アスペルガー症候群)などにいっそう関心を深め、ネット上で知り合ったそれらの知覚・精神様態を有する方々と面識を持つようになる。
◆欧米の共感覚者・共感覚研究者・精神疾患者・精神疾患研究者との交流も英語で始めるが、自分の共感覚・日本観・精神病理観などが有機的に結び付いている私としては、欧米の合理的・実利的な共感覚観・精神病理観の利点と問題点の両方を感じる。
◆また、言語障害が出るほどの強度の共感覚者や重度の解離性障害者との出会いに心を打たれ、これらの人たちと通じ合える文法を有する自作の言語の考案を始める。

2006年(24歳)

◆SNSのmixiを始める。共感覚コミュニティに入り、急に共感覚者との交流が増える。
◆サイトをより充実させる。共感覚を中心とする人間の知覚・心理全般のサイトとしての姿がほぼ整う。
 精神疾患関連のページも設置する。現代日本人の心理の例のページには、交流した皆様の症状のうち許可の得られたものを掲載。

◆上記の言語を「スラフォーリア」(のちの「岩崎式日本語」)と命名。
 主に現代日本女性の解離性障害と太古日本女性の「巫病」との共通性をテーマとする言語体系であるため、ロゴマークを「す」と「寸」とを組み合わせた鳥居のマークとする。「スラフォーリア研究会」も発足。

2007年(25歳)

◆和歌のページを開設。解離症状や共感覚を有する巫女歌人様などとも面識を持つようになる。
◆知覚全般に関する会「空木会(うつぎかい)」や閃輝暗点者・離人症者・強迫性障害者の会「花薄会(はなすすきかい)」を皆でひらく。

◆共感覚者と積極的に面識を持つようになる。
◆自分の共感覚について、初めて人前で発表。(都内の某寺院で。)
◆また、自分の対女性共感覚が、神社の巫女、寺社関係の女性、農家の女性、医療系ライター、助産師、看護師など、専門家の目に触れるようになる。
 昔の日本人男性の実像を知るこれら多くの女性から連絡を受ける中で、「昔は、女性の性周期に色が見える感覚は多くの男性に広く共有された感覚だったのではないか」との思いを持つようになる。悩みが薄れ、嬉しさが増し始めたものの、この感覚自体が少しずつ衰え始めていることを自覚。滑稽ながら、記録を少し急ぎ始める。

2008年(26歳)

◆知覚・神経科学系(共感覚・閃輝暗点など)、精神病理学系(ICD、DSMなど)、言語・言語学(和歌、自作芸術言語スラフォーリア、言語学全般)などを扱う総合学術サイトの様相となる。
伝統和歌の会「余情会」発足。

◆鬱、不安障害、解離性障害、統合失調症、自閉症、アスペルガー症候群などの方々と、より多く面識を持つ。「現代日本社会の歪み」について、より深く考えるようになる。
◆この頃、「息子には、あなたと同じく、女性の性周期が色や音で見える共感覚があるようです」とのご報告を多くの主婦の方々から受ける。これにより、対女性共感覚は成長過程で多くの現代日本人男性が失った感覚ではないかと、以前にも増して思うに至る。「擬娩(クーバード)」などは、昔はごく普通に行われていたことを知る。

2009年(27歳)

◆上記のようなご訪問者増加に伴い、よりサイトコンテンツを充実させ、現在のサイトとほぼ同様の形態となる。
◆また、伝統和歌詠者としての仕事も始める。

◆25歳時に書いた論考・日記などを中心に書籍の形にした『音に色が見える世界 「共感覚」とは何か』が出版される。
 これにより、全国の共感覚者からのメール・mixiなどが急増する。うちmixiメッセージを通じた交流は約130名を数える。
 ただし、ほとんどが一問一答で、サイト・mixiなどネットにおける共感覚を通じた出会いをきっかけに面識を持ったのは、40名ほど。複数回の対面・交流・会合(「共感覚の集い」や「岩崎純一さんのお話を聴く会」など)が続いているのは、そのうち10~20人ほどである。
 一方で、「女性に色が見える」共感覚が「人のオーラが見える」予知能力であると受け取られ、スピリチュアル・カウンセラーや自己啓発セミナー講師としての依頼が来るなど、本来の「共感覚」とは異なった興味の持たれ方も経験した。(全て辞退。)
 このような反応は、いわゆる日本人のSNSサイトの使い方の特徴、日本人の「共感覚」に対する興味の持ち方、ある種の日本社会全体の「飢え」を表しており、社会現象として興味深いと感じた。
 現在の日本においてなぜここまでスピリチュアル・ブームが流行するのかがよく分かるが、だからと言って、神経科学上の共感覚の解説を当事者が世に向けておこなう試みが頓挫したとは全く思っていない。
 この本をきっかけに色々なご依頼を頂き、研究機関での実験への参加、大学での講演、テレビ等のメディアからの取材対応、雑誌への寄稿などを行うようになる。

2010年(28歳)

◆サイト(メール)、サイトのオフ会、大学で担当した授業・講演などを通じて、引き続き皆様と交流。

◆「スラフォーリア」を日記や私とのメールで使用する人が増える。
(特に性的虐待を受けた解離性障害者女性による使用が目立つが、同時にそのことにより、私が考案した文法の不備も目立つ。)

2011年(29歳)

◆引き続き皆様と交流。個人勉強会・交流会もひらく。
超音波知覚者コミュニティ発足。

◆東日本大震災発生。色々とバタバタ忙しい中、著書『私には女性の排卵が見える 共感覚者の不思議な世界』が出版される。
 これによる影響は前著の時と異なり、共感覚の話題を離れた家政・女性・子育て・保育・日本文化・精神疾患・社会問題などの分野において大きかった。
◆対女性共感覚は、自分でも最も興味が尽きない自分の感覚の一つで、一般女性、巫女、地方の農家の女性、疫学者の女性、旧皇族・旧華族の女性などに、女性の排卵や月経の風習などについて尋ねては学び、ヒントを得ながら探究する日々である。
「自らの感覚」の披露だけでは、あまり喜びはなく、むしろ、「日本人の心身のこれから」や「子どもの命」についてのコメントを求められる機会が増えつつあることのほうが嬉しい。
◆「スラフォーリア」を「岩崎式日本語」に改称。「スラフォーリア研究会」も「岩崎式日本語研究会」に改称。

2012年(30歳)

◆引き続き皆様と交流。個人勉強会・交流会もひらく。

『新純星余情和歌集』の全釈を始める。協力者のおかげにより、その時点までの翻訳が完了する。
 その後に詠んだ和歌についても、翻訳継続中。

2013年(31歳)

◆引き続き皆様と交流。個人勉強会・交流会もひらく。
◆日本の共感覚研究者・共感覚者界隈で覚せい剤・麻薬・危険ドラッグ使用者の存在を個人的に初めて確認。「日本共感覚関連動向調査会」を発足させる。

◆共感覚、閃輝暗点、発達障害、鬱、不安障害、強迫性障害、PTSD、解離性障害、統合失調症、ひきこもり、ニートなど、およそ現代日本人に起こり得る知覚様態・精神様態への興味は尽きず、様々な方々との温かい交流が続いている。
 その一方で、一部の大学教員・学生や一般参加者の質の低さに悩まされる日々も続く。

2014年(32歳)

「新人間学研究会」が発足。

2015年(33歳)

「日本共感覚研究会」を発足させる。共感覚研究そのものではなく、共感覚研究者・共感覚者の倫理や覚せい剤・麻薬・危険ドラッグ使用の実態の追究団体に明確に移行。
「岩崎式日本語ペディア」「寿羅穂里阿文明」が発足。

2016年(34歳)